Reports レポート

ニフティクリエイティブデザイン部の部員が参加した、「セミナー」や「展示会」のレポートです。

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担当- 赤池 智美

日付- 2012年05月09日

【ぴよぴよ通信第1回】ぴよぴよ通信について&「ユニクロ」について

ぴよぴよ通信
ひよこデザイナー2人が日々勉強しているデザインのこと、展示のレポートなどをお届けするレポートです。


みなさんはじめまして!
クリエイティブデザイン部でデザインを担当している赤池といいます。

このぴよぴよ通信は、部でデザイン修行中の若手2人赤池と鈴木が書くレポートです。

まだまだデザインひよっこだけど、これから立派なニワトリになってやるぜ!
という意気込みをこめて「ぴよぴよ通信」という題名をつけました。

レポートの題材は、なんでもあり!!
ひよこ2人が日々勉強しているデザインのこと、個人的に熱中していること、展示のレポートなど発信していくつもりです!

ひとまず半年間、レポートをあげ続けます。面白い記事をあげていくので、ぜひお楽しみください!

では早速一発目のレポートです!


■■「ユニクロ」についてのレポート■■

目次
■今のユニクロ ---ユニクロ銀座店に行ってみた
■ユニクロの歴史 ---あれ、ユニクロってよく思い出せば…
■今と昔から見えたユニクロの戦略 ---まさに「一勝九敗」


■今のユニクロ ---ユニクロ銀座店に行ってみた

まず、とにかくユニクロ銀座店に行ってみました!
行列覚悟で先週末銀座に行きました(一人で)。

行列に並ぶ…本当は非常に恥ずかしかったのですが、世界から注目されるその理由を知りたいという一心で列に入りました。
一人で並んでいるのは私くらいで、あとは家族連れや観光客がほとんどでした。
通り過ぎる人みんなが「へー並んでるう」と好奇の目で通り過ぎていくので
いやああああと思っていたのですが、なんと並んで30秒くらいでお店に入れました(入ったら中はたくさんの人だったのですが)。

ユニクロ銀座店は全12階建。
新しいビルには回転するマネキンがガラス張りのなかでゆっくり回っていて、アトラクション感とトレンド感満載でした。
1階フロアはほとんどマネキンだけで、ビジュアル提案に特化しています。
「新しくておしゃれな感じ」を印象づけられました。

その後も12階までキッズからメンズ、レディース、さまざまな層に向けて商品が並んでいるのでボリューム満点。
私は、この前近所にできた大型ユニクロ店舗で購入し気に入ってしまったイージーニットレギンスパンツの色違いを買ってほくほくして帰りました。

全フロアを見てまわって、帰り道、ふと
「あれ、ユニクロってずっとこうだったっけ…
地元にもユニクロがあったけど、昔こんなわくわくしたんだっけ…??」
という疑問がでてきました。

そこで家に帰ってからユニクロに歴史についてざっと調べてみることにしたのです。


■ユニクロの歴史 ---あれ、ユニクロってよく思い出せば…

『ユニクロ』は、一般的にカジュアル衣料品を取り扱う店舗「UNIQLO」をさしますが、
会社として株式会社ユニクロがあり、 現在、株式会社ファーストリテイリングの完全子会社になります。
1949年にファーストリテイリングの代表取締役である柳井 正が始めた「小倉商事」がその始まります。

小倉商事では元々メンズウェアをメインに展開していましたが、
1984年、広島市に「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」という名称で、
「ユニクロ」の原型となる第一号店を出店しました。

1991年には商号を変更します。「小郡商事株式会社」から「株式会社ファーストリテイリング」へ。
ここから、ユニクロは急成長を遂げます。直営店舗数は1992年には50店舗、
1994年には100店舗を超えました。1996年には東京に事務所を開設しました。中央進出です。
1997年には東京証券株式市場第2部に上場を果たします。

そして1998年にはユニクロのフリースが大ブームを引き起こします。
そうフリース!
私はユニクロの歴史を調べるまでフリースが大流行したあの時代のユニクロをすっかり忘れていました。

よく思い出してみればあの頃のユニクロのイメージ、今とは全然違う気がします。
フリースが大流行してから安いものをとにかく大量生産、「ユニバレ」という言葉が生まれ(な、なつかしい…)
ユニクロを着てるのが恥ずかしい、という時もありました。

中学、高校のころ母親と一緒に国道沿いのユニクロに車で行って、インナーか部屋着を買っていた記憶があります。

フリースの大流行からさらに、ユニクロの事業展開を調べていくと「ああそういえば!」という
昔目にした戦略をいくつも発見しました。


■今と昔から見えたユニクロの戦略 ---まさに「一勝九敗」

過去ユニクロはどんな戦略を打ち出してきたのか…
これを調べると今のユニクロの成功の理由が見えてきました。

過去のキャンペーンの例として
・スリムジーンズ(藤原紀香さんがCMしてました)
・ネオレザー
・企業や漫画とのコラボTシャツ
・ブラトップ
・ヒートテック

などなど、これは成功した例で覚えているほうですが、
失敗した戦略として
・青果販売
・ロンドン進出(不振で一度撤退)
・靴小売専門店「CANDISH」(わずか1年で撤退)

なんとこんなこともやっていたんですね。

など事業の他に、
“ユニクロに悪口を言って100万円”キャンペーンや、中年の女性がレジカウンターの前で突然『ユニクロ』の服を脱ぎだすという大胆なCMで、「購入後の商品の交換・返品」が可能であることをPRしたこともあります。
(後に柳井氏はこのCMは後悔している、と著書で言っています。)

それにずっと黒字だったわけではなく、
よくよく思い出してみると売り上げが右肩下がりだったことも何度もあります。特に2002年頃。
(新聞やコラムでユニクロ暗雲、みたいな記事よく目にしましたよね。)

そして今。
2004年頃からはユニセックス・お手頃価格のの路線は堅持しつつも、買収したブランドのノウハウを移入したり、
メッセージ性の強い、外部との共同企画商品(特にレディース向け)や乳幼児向けの商品を開発するなどして、
「ユニバレ」のときの印象から脱却を図っています。
数年前からスタイリッシュな有名人や海外セレブを起用したCMを多く展開してるのもイメージ刷新のひとつです。

そして私は今のユニクロでショッピングを楽しんでいます。
前は母親と部屋着を買いに行くくらいのちょっと恥ずかしい場所だったのに、
最先端の設備・空間、たくさんの集客、トレンドを取り入れた色とりどりの商品展開で
ひとつのテーマパークのように私は買い物を楽しめました。
銀座店のみならず、ほかの店舗でもその世界観を楽しめるようになってきています。

いまやユニクロは、世界のファストファッション界を引っ張っていく役目を担っています。
柳井会長は銀座店をモデルに、将来的にアジアすべての主要都市で出店するプランを打ち出しました。

フリースで成功した資金を基に世界に展開、その後マクロな規模でさまざまな戦略を打ち立て
失敗、成功を繰り返して今に至った歴史をユニクロは持っていたのです。

現会長兼社長の柳井氏の著書があります。
そのタイトルはずばり「一勝九敗」

さまざまな戦略を試してきたユニクロのまさにそのままを表す言葉です。
このすばやいチャレンジ精神は見習うべきとこがあると思いました。
今後ともその展開に注目していきたいです。


参考文献:wikipedia